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平成30年度町長コラ

町長コラム

●平成30年広報おおえ 11月号より

九州の平戸市を訪ねた。来年、大江町での「重要文化的景観の町全国大会」が予定され、連絡や挨拶のために出席の要請があったためだ。大江町は全国で37、東北で3、山形では初めての重要文化的景観の町の認定であったが、今では長井市も含めて61の市町村に増えていて、今年中にも数カ所申請されているという。仲間の町が増えて、同じ目的に向かって進むのは気分がいいし力も出る。孤独な作業中に仲間を発見すると、勇気をもらって頑張れるのは確かだからだ。

9時に家を出て、仙台の飛行場まで2時間弱、福岡空港まで2時間のフライト、博多駅に出て在来特急2時間の乗車で佐世保、佐世保から2時間弱の松浦鉄道の旅、朝から夕方までの長い移動は久しぶりであった。「せまい日本、そんなに急いでどこに行く」どころか、日本は広くて大きいと実感した。汽車の中で――山形から北海道の札幌まで一昼夜の長旅を若いころ幾度もやったが、九州熊本からの同級生はどれほどの時間をかけていたのだろうか、飛行機もなかったのに……――、と思いを巡らせながら、自分を他人に置き換えての「比較と同情の相関」を無理やり考えて時間を稼いだ。北は北海道から南は沖縄まで、自分の「立ち位置」をどこに置くか、どこからか、どこへか、近いか、遠いか、「惚れて通えば千里も近し」と言うではないか……東京が中心ではない……。

山には山の、町には町の、川にも海にも、人々の生活があった、九州平戸の旅館の女将さんは「今日はあご風、あご日和」だと言った、飛び魚が岸によってくる風、飛び魚を干すのに都合の良い天気のことかもしれない。来年全国のさまざまな「文化と日和」を背負った方々が大江町にやって来る、喜びや憂い、楽しさや悲しみを日和に委ねて。10月22日5時46分、窓から見える空は灰色だが、霧か雲かは外に出なければ分からない、山には赤み。

●平成30年広報おおえ 10月号より

 今に始まったことではないとは思うけれど、「話したいこと」と「話したこと」がなかなか、時にはほとんど一致しない……。時間が足りないから、それとも欲張り過ぎ、緊張し過ぎ、準備不足、かっこつけすぎ、頭の中の未整理、細胞老化、いずれにしても「例証は本題に非ず」を忘れて、「話したいこと」の元も子もなくしているのかもしれないと、悩みは尽きない。

小学校の運動会、今年は秋雨前線の影響で体育館内での開催であった。「みんなが元気に頑張れるのは、そばに頑張っている人がいるからだ、だから自分もみんなを元気にできるように頑張っていこう」と児童諸君に話をさせていただいたが、その前に、どうしても数日前の北海道の地震を頭から消せなくて「震源地の近くで、学生時代に牧柵――牧場を囲む太い電柱のような木――を立てる穴を掘った時のこと、地面から20センチほどは黒い土だが、その下は豆粒ほどの白い火山灰軽石、掘っても掘っても軽石が水のように落ちてきて、深く掘るのが大 変であった」とも語らせていただいた。「尻切れトンボの例証」だけで本題がなかったように思い、赤面の至りとなった。

話したかったのは、「牛や馬や羊が草をむ牧場の緑の美しい素敵な地面だが、地下の軽石の層は大雨で水をたっぷり吸い取っていて、そこに今回の激震、広大な山崩れが起き、家と人命を飲み込んだ。今や上から下から人間を襲う災害、眼に見える部分だけではなく見えない部分、地球の底から宇宙の果てまで諸君は勉強して、どんな災害があっても安全安心大丈夫な社会をつくるために頑張ってもらいたい」ということのはずであった――ココデヒトリゴト、ハナスノモムズカシイガ、カクノモムズカシイナ――。

宇宙軍、トランプさんおやめください、地下の核実験、金さん勘弁してください、自然災害ももうたくさんだが、空から地下からの人災はまっぴらごめんだ。田んぼの稲穂が真っ黄色、イナゴがぱんぱん跳んでいる、祭の季節だ、ワッショイだ。2018年9月14日午前5時42分、天からは雨。

●平成30年広報おおえ 9月号より

熊は穴に籠もって春まで冬眠するという。東京周辺に住む友人は、今年の夏はまるで「夏眠」だよ、と電話の向こうで元気がない、連日一日中エアコンをつけっぱなしにした夏は初めてだ、とも言った。

会議のおこなわれる場所まで歩いて10分ほどの駐車場に車を止めた。車の窓を開けたら熱風がどどーっと、まるでサウナ風呂、金色の細い布と糸が絡み合うように太陽が燃えている。薄い、いや毛のない頭をさらすのもなあー……、見れば車内に大きめの黒い雨傘、日傘ではないが、日除けの機能は十分ある。背筋を伸ばし、堂々と雨傘高く県都のど真ん中を歩いて会場に着いた。入口から入った途端「涼しいー」、気分爽快、なのに受付嬢は、「雨傘ですか」と声高に、しかもはっきりと「のたもうた」。我とて人、頭のてっぺんが一瞬「カッ」と熱くなった、心ない言葉は人を熱くするのかもしれない。大きな黒い傘を手に持ち会場に入ると、さらにお二人のご婦人から――念には念を入れてということか――同じ言葉を頂いた。あー、持つ傘によって品性まで決められるようなお言葉、いっとき「カッ」が10分ほど収まらなかった、年寄りの冷や水とはいうものの……、涼気はゼロになった。

子どもたちに教育を施す「義務」が国民一人ひとりにあるという。義務教育現場の教室は、命の危険の暑さだ、なのにこの会場の大人は快適冷房、なんちゅうこった……、と「カッ」が知らないうちに大声で演説させていた。気がついたが後の祭りだ。座は白けているかと思いきや、見れば皆さんがじーっと聴いていたようには思えた。さすがに「全国区」の皆様ではあるが、「カッ」でのスピーチはいただけない。寝つきの悪い夜となった……。

次の日に、大江町の義務教育現場のすべての教室は、クーラーの設置率100パーセントと報道された。改めて町民・議員・職員各位の時代を先取りしたクーラー設置提案を「思い出し」たら、いつの間にか「カッ」「カッ」「カッ」は、頭の中をいくら探しても見つからない。「思い出し」が前日の朝だったら、あの大演説はしなかったはずなのになぁー。後悔よ、たまには先にやってきてくれ。

●平成30年広報おおえ 8月号より

今は朝の4時半、昨日も太陽は顔を見せないどんより一日だったが、今日もまだ太陽は昇ってきていないし、なぜかせみの声もなく、静かで涼しい高原の気分の朝だ。連日の皮膚を焼くような猛暑にへとへとだった生き物たちへの「海の休日」だったに違いないし、今日も昨日くらいの夏の暑さであればと、願うばかりだ。そういえば土曜日の朝、数匹の油蝉あぶらぜみが庭に仰向けになってひっくり返っていた。確かに暑すぎる。

東日本大震災の時には雪が降り、今回の西日本の豪雨災害では炎天猛暑、被災された方々に二重の苦難を背負わせ追い打つような自然現象は、何かの、誰かの「悪意」を感じさせる「悪魔のような天気」だ、と話す人がいた。こともあろうに家を失った方々に「眠れない暑さと寒さ」では、お天気次第は認められず、無慈悲な天気そのもので、嫌いな天気だ。何かできることはないのか、被災された方々の「頑張り」をお祈りしたい。

先にも書かせていただいたが、「温暖化」は暖かくて優しい気候を表す言葉に思えなくもないが、「気候変化―気候急激変化」となれば「命の危険」が含まれる言葉と思いたい、急激変に「激変緩和」なかりせば、安心安定な生活は成り立たない。眼に見えない「天気」のゆっくりしたように感じる変化が、実は猛スピードで進行している「激変」だとしたら……、人類よ、「気候激変緩 和策」を打て、と願いたい。さしあたってストローは麦わら帽子を作る「麦の茎」、明日から麦わら帽子をほどいてストローでも作ってみるか……。

「心は天気を動かさないが、物が天気を動かしている」と多くの方が指摘してきたし、警告している。現代に生きる世界の人々の「物の使い方」に「警報」が出ているのではないか、天気予報の「警報」と同じように。人と蝉はどこが違うか。まだ蝉の鳴き声は聞こえない。

●平成30年広報おおえ 7月号より

田んぼの中に「カラス」がいる。時々頭を下げて、上を向き、また頭を下げた。田んぼに「カモ」はよく見るが、「カラス」とは……。車を降りて静かに近寄ってみると、田んぼは地肌が見えて、所々の水たまりにはかなりの数の「オタマジャクシ」が背中を見せて動いていた。「カラス」さんにとって「オタマジャクシの踊り食い」は最高のご馳走のようで、近くまで寄っていった私には、見向きもせず無関心の態であった。

田んぼから「蛙」や「たにし」や「どじょう」、水棲昆虫……が消えた時に、それらを餌にしていた「朱鷺とき」も消えた。田んぼには生き物たちが食わせ食わされ、生かし生かされて共に生きてきた「共生社会」があったのだと思う。昔、この田んぼで「朱鷺」が餌を取ったかは知らないが、今、カラスが、蛙の赤ちゃんを食べているのは間違いない。水たまりを埋めるような膨大な数の「オタマジャクシ」と3羽の「カラス」、「オタマジャクシ」の全滅は考えられない、とは思うものの……満腹のメタボカラスも許せない。大きな声を上げ、拍手でも打てばカラスも逃げては行くであろうが……見れば少し離れた田んぼには作業中の農家の人、「体裁も大事だ」に負けて……車に戻った。

「共存共栄は恒久の課題であるのに、絆創膏ばんそうこうを貼るような方法で一時をしのいでいる」と示唆する時評――「作物の病虫害への薬剤は、おいしい果実を確かに保証するが、同時に多くの昆虫の生命を奪うことになり、昆虫無しの『受粉』は不完全で美味しい果実は保証されない」――を時折読む。悲観的でもなく楽観的でもない「静かな語り口」の諭されるような意見には、「そのうち何とかなるだろうさ――」とすんなり収めてしまうのか、それとも将来に向かって「念には念を入れて練習準備せよ」と向かってゆくのか、厳しい問い掛けが含まれているように思う。「ネオニコチノイド」系の虫殺しは諸外国では「使用禁止薬剤」になっているのに、日本は……といった類の問い掛けだ。「集団のオタマジャクシ」と「3羽のカラス」にどう語り、教えるか。今は夜の10時、カラスの鳴き声はさすがに聞こえはしないが、蛙の歌が聞こえている。残ったオタマジャクシへの「励ましの合唱」か、それと も「悲しさと共に生きてゆく」合掌か……

●平成30年広報おおえ 6月号より

今日は5月28日の月曜日、時計を見れば4時30分、曇りの天気だが外は明るい。10分ほど外に出て辺りを眺めていたら、カッコーカッコーと気持ちの良いリズムと音調が、柔らかな緑の山から聞こえてきた。木のてっぺんで尾羽を空に突き上げ、調子を取るように鳴いているカッコウを数回見ることはあるが、スズメやカラスのように近くで見たことはない。鳴き声は身近に届くけれど、姿かたちは縁遠い。かなり前にテレビで見たカッコウの「たく卵」の詳細な映像が、繰り返されたカッコウの鳴き声で強烈鮮明な残像になって、まぶたに張り付いた。

他の鳥の巣の中に、隙を狙ってカッコウは卵を産む、ひなをかえすのは別の鳥――「たく卵」だ。「たく卵鳥」は他にもいるらしいが見聞きしたことはない。びっくり、どっきりは、生まれたばっかりの赤ちゃんカッコウの動作――巣の中の他の卵や雛を全部巣の外に落としてしまう――よちよち動きだ。ちゃっかりな母ちゃんカッコウ、したたかな赤ちゃんカッコウではあろうが、自然界の、残酷な生存競争とはいえ、他の鳥にとっては「迷惑千万鳥の王様」で、強烈な残像となった。

学生時代、迷惑をかけて申し訳ありません、と先生に謝ったとき、にこやかに先生は「皆に迷惑をかけながら、私たちは生かされているように思います」と答えられ、迷惑の程度もあろう、「みんなで頑張ってゆく」ときに、許し許され支え合うことが大切だ、と諭され、難しいから楽しいのだ、と艱難辛苦かんなんしんくと喜怒哀楽の八文字を喜と楽の二文字に置き換えるように教えられた。あの先生はもういない。

今朝のカッコウは、いろいろな面で先生のお声ではなかったのか。窓から山の緑が見えている。そういえば先生の一番好きな言葉は「愛と夢と語らい」であった。素晴らしい大江町の春の朝です

●平成30年広報おおえ 5月号より

接ぎ木に挑戦した。用意したものは、ナイフ・はさみ・のこぎり・接ぎ木テープの4点セットだ。購入したのは接ぎ木テープだけ。小学校のころ接ぎ木名人の側で見ていた知識、農家の名人に電話で教えていただいて得た間接経験、分厚い園芸全書の接ぎ木の説明……いくら机の上でお勉強をしたって制限がないほど「接ぎ木学問」はあるようだ。やってみて初めて本当の理解ということもあろう、やってみなけりゃ、ということにあいなった。

まずは、イチョウから。12年ほど前に3本植えて、3年前から1本の木に銀杏がなるようになった。聞けばイチョウには雄と雌の木があって、当然雄には実がつかない。隣のお母さんの枝をお父さんへ接ぐ。男女共同参画植物物語の実践だ。柿、渋い庄内柿もおいしいが、渋抜きの手間がいる、木からもいですぐ食べられる柿にも大いに魅力がある。甘柿の剪定せんていした枝を、渋柿に活着させ、自家渋抜きを果たさせる。渋みあっての甘さとは思いながらも、「てっとりばやく」の時流合一作戦だ。

アケビは紫の色、早生、実の柔らかさが売りだという。山から取ってきたアケビの種をバケツに入れ、土と水を入れてかき回し庭のあちこちにばらまいたアケビは、野生の香りが強烈すぎて色づきも良くない。接ぐ穂木は友人から頂いた、早い時期に熟して真紫のとろけるようなアケビだと、友人は言う。

雨の上がった日曜日、「全知全能」の接ぎ木の神様が、どちらの方角に鎮座ましますのか、太陽の上る東の天空にウィンクしてナイフを取った。接ぎ木の基本の基本は「形成層を合体しろ」との天命を読み解いての接ぎ木作業だ。

イチョウも、柿も、アケビも、何のおとがめもないのに、あー何と手と指を切り取られ、ナイフで削がれて、人様の好みと都合とエゴの成せる「接ぎ木」とは言いたくはないけれど……思いは少々複雑だ。持って生まれた天性あればこその個性じゃないのか……、個性に何を加えて、何を削ぎ落とすか……、イチョウも、柿も、アケビも何も言わないけれど。2、3年後に、接ぎ木をした枝の先に、元の木の枝を接ぎ木してみるか、みないか、まだ決めてはいない。