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町長コラム

●平成25年広報おおえ 3月号より

 姿や形が思い出の中で生きている。動物だったり、山や川だったり、野に咲く草花だったり、絵や写真や文字…。人が書き、話した言葉もいっぱい頭の中で動いている。元気の出るような明るいものもあれば倒れてしまいそうなものもあった。目と耳から入ってくる「音と形」を「聞き取るか、聞き流すか」、「見きわめるか、見逃すか」、入ってくるものは多いけれど、逃してしまっていることの方が多いように思う。何を拾い何を捨てるか、重くて大きい。
 「しょうがないよ」とよく言われる。言われた瞬間、救われたような気分にはなるが、「あきらめればいいんだよ」と言われたようで、少し無念さが残ってしまう。「いつかまたやろうよ」と目を見て、自分の失敗のような真面目さで話した友人の言葉が、正真正銘の「生きた言葉」になっている。先生は言った、簡単にあきらめない、時間をかけ方法を変えて、悲劇の王様にならないで、ゆっくりのんびり、時には激しく努めてゆけば、「そのうちなんとかなるさ」と。先生と生徒の「音と形」、別れと出会い、三月は非情な時ではあるが、非情に負けないで新しい可能性を発見できる、明るい季節にもできる春だ。可能性はたった一個だけではない。先生、もう一度会いたいなあ。

●平成25年広報おおえ 2月号より

 「ならぬことはならぬものです」、この言葉を聞いたのはごく最近のことだ。深い意味は分からないし検索もしていない。ただ勝手に、新島襄先生、クラーク先生、今回のテレビ番組で知った新島八重さん、そして会津藩などの言葉に、この言葉をくっつけて思いを膨らましているだけだ。
 「ならぬことはならぬ」は、人に向かって語られる言葉だ。少なくともにわとりに向かっていう言葉ではない。「誤つは人、許すは神」という言葉もあるが、人間として、最低限の規則きまりを守ることは、どんな時代であろうが、どんな場所であろうが、普通の人の生活そのものである。生活破壊は許されない。人間はどこでも、いつでも、人間であるべきだ、にわとりであってはいけない。
 新島襄先生のことを本で読んだ。時間が経って正確に覚えていないが、こんな内容だったと思う。「ならぬこと」をやってしまった生徒に向かって、「君達のやったことは、教師である自分の罪である、まずは自分を罰しなければいけない」と話した後、右手に持った竹刀で、左腕を竹刀がちぎれるほど打ちたたいたという。
 「非」や「難」を他人に向けずに、自分に返して虚心坦懐、普通の人たちの生活に静かに守り守られながらの田舎暮らし、他人と比べないで自分を持って、清く正しく逞しくだ。他人を責める前に自分を責めよ「我が罪は我が前にあり」。指導が「死道」ではあまりにも悲しい。

●平成25年広報おおえ 12月号より

 雪が降ってきた。日本ミツバチの巣箱も、雪囲いが必要な季節になった。自然界の絶妙な生物を生かす環境は、人間の知恵を越えていて、人工の巣箱には限界がある。「自然から学べ」とは言え、簡単ではない。発泡スチロールの板で囲んだ後、藁でくるんで大きなナイロンの袋をかけた。空気口を開けて完成だ、雪にすっぽり埋まって冬越しとなる。春にミツバチがのこのこ出てきて、大空に飛んでゆく、「がんばれ、たのむぜ、みなしごではないハッチ君、おれがついているではないか。」
 雪囲いが終わって、柳川温泉に出かけた。7、8人ほどの学生さんのように見える若者と一緒になった。若者のエネルギーを盗みたい、話しかけた。「どちらから?」「山形です」しつこいと思ったが「ご出身は?」「米沢です」「何の用事で?」「調査です」、「何の調査ですか?」「考古学です」…会話は続いた。「大江町はいい所ですね。自然が豊かで、町民皆さんが優しく親切です。心がホッとします。」お湯も満点、気分も満点。最後に、彼にこう話した。「あなたとの会話を、大江町ホームページでお読みください。」水戸黄門様ではないが、最後まで「町長」とは、言わなかった。聞くだけ聞いてごめんなさい、学生さんありがとう。ミツバチに負けないように、大空に向かって、困難に耐え努力を重ねてください。春にまたお会いしましょう。

●平成24年広報おおえ 11月号より

 遠出する時には、リュックサックを愛用している。なんといっても両手が自由自在に使えるのがいい。リュックサックの口元は2mほどの頑丈なひもが付いていて、リュックがいっぱいになったら、別の「ふろしき包」を結びつけて背負える仕掛けだ。
 電車に乗った。あいている席は一つ、前方に見える後ろ姿の女性の隣だけだ。一時間立ちっぱなしは少々きつい。勇気を出して前に進むと、席の前には大きな旅行用のカバンが足元に置いてある。「あいてますか」と声をかけるのをためらった瞬間、なんとカバンを上の棚に持ち上げはじめた。腰の高さまで持ち上げるのがやっと、棚は相当高い。思わず夢中で手を貸した。上がったバックは、一つ前の席の棚へ、その下には80歳ほどのご老人、しかもバックは半分近くも棚からはみ出しているではないか。「落っこちてきて、首にでも当たったら」・・・。「ありがとう」とのんびり座っているわけにもいくまい。大きなバックのそばに赤いリュック、ながいひもで「がっちり」棚に結んだ、震度8でも大丈夫だ。
 イタリア生まれ、ドイツ大学の物理学者。となりの学者との一時間は、あたらしい発見の多い楽しい会話となった。出会いは生産的でなければいけない。

●平成24年広報おおえ 10月号より

 秋が来た。パパとママとおじいちゃんとおばあちゃん、お兄ちゃんとお姉ちゃん、緑の山々と黄色い田んぼ、グラウンドの上には万国旗がひらひらと、「わかば」「さくら」の子どもたちの運動会があった。子どもたちの笑顔から、いつも「元気の素」をいただいている。小さな体で、ぎこちない動きで、一心不乱に「完璧な演技」を仕上げようとする姿には、もっとも強力な「元気の素の特効薬」がある。
 「そんなことをしたら、子供から笑われる」とよく聞いたり言ったりもする。子供たちの笑い声は、大人にとってどんな意味があるのだろうか。「大人の文化」のどんな部分に、どのような営みに、「笑いの素」が含まれているのであろうか。純粋で、染まっていない透き通るような感性は、大人の何を見抜いて、笑いのネタに変えてしまうのか。「笑いの素」と「元気の素」の「大人」と「子供」。子供から笑われるのは恥だと思わない大人には、良薬はあるか、ないか。「無知の知」なのか「無恥の恥」か、「恥の素の特効薬」は……。

●平成24年広報おおえ 9月号より

 迫力が違った。動きが音となって、面相が七変化、土と汗の匂いの大相撲。大型スクリーン映像でも感じ取ることのできない「生の人間力」を味わえた。
 「友達に見せたかった」、「おじいちゃん、おばあちゃんが生きていれば、どんなに喜んだか」、「行司さんとお弟子さんが散髪に来たのよ」…多くの町民に暑い夏の思い出を残して「大相撲水郷大江舟唄場所」は幕を閉じた。関わられた全ての方々へのお礼と感謝の思いは今も頭から離れない。
 「友達に見せたい、聞かせたい」と自分が何かやっている時にふと思う。応援してもらいたいと感じることもある。「友達力を貸してくれよ、君がおれば、何とかなるんだ。おれも頑張る、お前も頑張れよ」、友達力には「もらう力」と「与える力」の二つが重なりあう。頑張っている人間や素敵な自慢のできる人間を「友達に見せたい、聞かせたい」とも思う。まるで自分のことのように見せびらかしたい。倍々ゲームの人間関係だ。
 子どもの頃、相撲で遊んだ「きんちゃん・まーちゃん・みっちゃん」と一緒に大相撲を見たかった。70歳を過ぎた頃、もう一回相撲ごっこで遊べるだろうか。黄色い稲穂、秋場所が楽しみだ。

●平成24年広報おおえ 8月号より

 相撲と花火と消防操法大会・・・、大江町の今年の夏は凄い夏だ。1年、いや2年間、待ちに待った大相撲「水郷大江舟唄場所」、待った分だけ楽しみも2倍強だ。実行委員会の会長はじめ、全委員の、全町民の「実行力」に脱帽だ。実行あるのみ、やればできた。実行した訳だから一万人の「友達力」の底力は本物だ。「本物力」は必ず未来を明るくする。
 浴衣を着てうちわを持っての暑い夏の花火、歴史は山形県で一番古い。友を思い、世代を敬愛し、自然を畏敬する誇り高い信仰心の大劇場が大江町の花火だ。大音響が、1年の雑念を爆破して天空にまき散らす。川面には「灯篭流し」、その名のとおり「日本一公園」からの日本一の花火。たった一晩の数時間、花火を見る人・あげる人・そのまた火薬を作る人、本物の花火は、みんなの力の輝く結晶だ。
 朝5時半、中央公民館駐車場で、消防団員の「西村山支部消防操法大会」へ向けた練習に頭を下げたい。町民の「安全・安心」が、心になければできないことだ。誇りと使命感があってこそ、一か月半の厳しい訓練に耐えることができるのだ、と思う。
 大江町に住む誇りを使命感を実感できる喜びの夏、水分塩分程よくとって、一つになって活き活きと。

●平成24年広報おおえ 7月号より

 百才のお祝いの席で、「おじいちゃん長生きして良かったね、おめでとう」と言葉をかけると、「長生きするもんじゃね。友達がもう一人もいない、つまんないよ」と答えたという。百才になれる人は少ないが、正常な社会とは友達と共に生きゆく社会だと教えてくれる、友人から聞いた重い話だ。
 一人が二人、二人が三人、三人よれば文殊の知恵、「老人クラブ」の活動には長年の経験から「生きる知恵」があり、地域のコミュニティを支えている。語り語られ、笑い笑われ、生かし生かされてゆく力の集まり「老人クラブ」。人は皆、他人に少々迷惑をかけながら生きている、お互いさまだ、閉じこもってはだめだ外に出よう。入ってしまえば楽しいだけだ。不愉快も愉快の内と勇気を出して「大江町老人クラブ」で生きる力を。
 「老兵は、消え去るのみ」と語ったとき、老兵は何才であったか、消え去ってはいけない、まだまだ若い青春だ。生きる知恵を持った高齢者は社会の宝、自分を大切にしなくてはいけない、力を出して、力をもらって。

●平成24年広報おおえ 6月号より

 お店の前にさまざまな野菜の苗が並んでいる。日本人、農耕民族の本能か遺伝子か、それとも我欲か、蒔きたい、育てたい、食べてみたい、「やめるか、やるか、明るい農村」・・・。毎年繰り返す「買った方が安いのよ」との戦いの季節が今年もやってきた。時折、鶯がホーホケキョと泣いている緑の山畑。
 肥料を沢山やれば良く育ち、収穫も多いと思う。窒素、燐酸、カリの三要素、ばらばら多量に蒔けば、いい収穫は確実だと信じて気分もいい、なにか良いことをしたような思いにもなる。専門家は口出しはしないというが、我が友人の専門家は別格だ。
「土の中身も調べないで栄養剤を与えたって無駄だべ。不足を補い、過分を減らして、野菜が喜ぶ栄養剤を与えねど。人も野菜も同じだ」
 持つべきものはいい友人、友人がいなければ「はだかの王様」だ、ああ恐ろしや自己過信と自己弁護。美味しい西瓜も友達力。友よ、明日を教えてくれ。

●平成24年広報おおえ 5月号より

 一つ一つの花が、競うように全力をつくして満開になる桜が待ち遠しい。あれだけの豪雪と低温に、さすがの日本の桜も少々くたびれたのか、この春の桜の花はまだ咲かない。
 さく「ら」、ぼく「ら」、おまえ「ら」・・・「ら」は多く集まっていることだと、どこかで聞いた。美味しい「いくら」の「ら」が当てはまるかどうかは分からない。
 「ぼく」は一人で山に行く。足と頭と心臓だけが頼りの「孤独な単独山歩き」、「ぼく」は「ぼく」だけの力で歩いて無事に帰ってくる。「ぼくら」の集団の場合はどうか、頼ったり、頼られたり、歩き方が遅いといい、早いという、これもまた楽しみとも思う。行き先に無事到着した時の喜びは、「ぼく」一人のときより、「ぼくら」の仲間のいる時のほうがずっと大きい、と思う。人間は確かに、「ぼくら」の中で動く社会的動物なのだと教えてくれた「先生」は、偉いなと改めて感服だ。
 咲く「ら」は「桜」、細かい取るに足らないような小さな力強い一個の「咲く」は、「ら」になって全体の「日本の美」を演出している。学ぶべきは。「ら」の力、日本の「ら」の力に、「ぼくら」の総力を繋げたい。

 


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