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町長コラム

●平成26年広報おおえ 3月号より

 「雨洪水は突然だ。大震災は偶然だ。『温暖化』だから異常気象は必然だ…」。こう語ってしまえば、何が原因なのか詮索する必要がなくなるだけ楽かもしれない。
 朝の連ドラに「突然…偶然…それとも必然」と流れてくる歌、毎日画面は見れないが、音だけは耳に入る。突然・偶然・必然と歌うのは、人と人との出会いのことなのか、人と自然とのかかわりなのか「それは偶然だから…」、「突然のことなので…」、「君のせいじゃない、必然なんだ…」となれば、身も心も軽くなるような思いにはなる。
 あまり悩まず、体を傷めず、自然体で取り組み、物事が自然とうまくいくことがいいと思う。突然・偶然・必然に「自然」を加えて歌にしたらどうだろうか。
 朝日の山はまだ厚い雪だが、風は春そのものだ。手つかずの自然界には、突然・偶然・必然を越えた「自然体」で生き抜き続けている軽やかさと厳しさの力があるように思う。人間社会にも、「持てる国の豊かさ」とは言え、日常の一部には、「自然体」の生活があっていい。

●平成26年広報おおえ 2月号より

 お母さんと手をつないだ女の子、敬礼姿勢のお兄ちゃん、黒ベールのお母さん、三人の前を、星条旗に包まれた大統領のご遺体が通り過ぎてゆく。私が高校3年生だった1963年、ケネディ大統領が凶弾に倒れた「あの光景」は、日米間初のテレビ中継であっただけに、言葉にできない衝撃だった。あれから50年、女の子は素敵な笑顔のご婦人になり、キャロライン駐日大使として日本に赴任した。
 一通の手紙のコピーが、町民の方から届いた。差出人はケネディ大統領夫人ジャクリーンケネディさん、受取人は町内に住む当時20歳前後の女性。聞けばお隣同士の高校3年生の女性と二人で「数千羽の折鶴」をケネディ家に贈ったのだという。手紙はそのお礼状だった。手紙には、「思いやりと優しさで、悲しさに心を共に分かち合っていただいたことに心から感謝しております」と書かれ、表には大統領夫人のサインが記されていた。涙を堪えてがんばれと、「夫と父」の死に向き合う3人のご遺族に心を重ね「数千羽の折鶴」を折った若い2人の女性が、私たちの町にいました。
 キャロライン駐日大使を、山形で米沢で「お・も・て・な・し」をとの報道がされている。2人の女性と大使が、柳川温泉で「わらびのおひたし」と「笹巻き」…。「成せば成る、成さねばならぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり」とは言うけれど、「夢か真か」。

●平成25年広報おおえ 12月号より

 熊を見たというニュースが今年は少ない。朝日の山の「田舎暮らし」の方が「都会暮らし」より素晴らしいと思い始めたからだろうか。どこで暮らすか、川、山、海、駅の近く…暮らす場所の決め方は、熊にも、近頃特に人にも悩ましい。
 毎日が田舎のお祭りのように人があふれる東京の人々の食べ物は、田舎で作られる物が多い。東京には同級生も居る、親戚も多い、だから一生懸命に美味しい食べ物=「命の元」を届け、更には「電気の元」を設置し電気を送る福島の町々は、東京の最高の親友だ。
 「雑草が家を飲み込み、巨大なクマネズミが暴れ、入るのが嫌なほどわが家は汚れきっていた」と原発の町の人に聞かされた。原発は田舎を破滅させ「命の元」も「電気の元」も消した。東京の親友、福島が苦しんでいる。格言は言う「まさかの友は真の友」だと。
 「田舎暮らし」が、日本を支えているとは言わないが、健康で今日も明日も田舎良し、都会もまた良しの人生=「ロハス」は、朝もやに映るか消えるか。原発200㌔圏内は余りにも重たい。

●平成25年広報おおえ 11月号より

 昔、畑や野原で遊んでいると小さな虫に刺された。「ぶど」とか「ぶよ」とかいう小さな虫で、刺されたところは赤い跡が残った。いつの頃からか、あの懐かしい虫がいなくなってしまい、代わりにチカッと刺し、痛くてかゆい縞模様の蚊が、出るようになった「ぶど」に比べれば数十倍もいやらしい虫だ。
 店屋さんの前に、柚子の苗木が置いてあった。ミカンの木が育たないように、柚子が山形県で育つわけはないだろうと思っていたが、飛島で栽培に成功したというニュースを読んでびっくりした。地球の気温上昇の報道もある。大江町の山々に黄色いミカンが鈴なりになり、今度はどんな虫が出てくるだろうか。不気味な期待ではある。
 虫はすみかを移しながら、魚は海の温度を選びながら、自然との「調和」の中で生きているという。町内にイノシシが出て、大頭森山にニホンジカも出て来て、気候の変化は想定できないほど深刻なのかもしれない。地球人は、有害鳥獣と「調和」できるか、生物多様性と共存共栄、大きな宿題が迫っている。

●平成25年広報おおえ 10月号より

 大雨、それに続く台風。果樹の落下や稲の倒伏で、被害に遭われた農家の方々にお見舞い申し上げます。勝てない「戦(いくさ)」とは分かっていても、もう少し優しい気候であってほしいと思う。
 実りの秋、食欲の秋、天高く馬肥ゆる季節になった。町中の道路を車で走っていても稲わらの香りがして、新米が待ち遠しい。お米の力が弱くなり、小麦の力が強くなってはいるが、ご飯のおいしさを否定する日本人はいまい。「つや姫」のコメ市場での善戦を期待したい。
 「ごはん定食」と、かなり頑張ったが、友人の「イタリア料理」にまけた。東京銀座で、東京に住む友人との食事。主導権はお客様の私にあるはずなのに、強引にイタリアレストランに連れ込まれた。何か分からないが、ボローニャ風…とかなんとか、なんのことはない「スパゲッテー」のことだ。なんとテーブルの脇には「イタリア野菜の種」まで置いてある。友人は「おまえ、田舎でイタリア野菜を作ってみろ」と仕掛けたのかもしれない。そうでなければ「ごはん定食」になっていたはずだ。客を無視するような友人を私は選んでいない。
 イタリアカボチャが大きくなったので収穫した。鮮やかな黄色、重さは20キロ、近所におすそ分けし、自分も食べてみたが、味は素っ気ない。東京のイタリアグルメ友人に「まずくて食えない」と抗議の電話をしたら次のように解説された。「カボチャに味があったら、加える肉・野菜・魚・乳製品・調味料…の味が消えてしまうではないか、カボチャは主役の脇役だ」分かったような分からんような。
 ナスと塩と唐辛子、主役も脇役もない、あえて言えばナスだけの「ぺそら漬け」、味も素っ気もあるではないか。「ぺそら」とは何たることか。「ぺそら漬け」にネーミング大賞を差し上げたい。

●平成25年広報おおえ 9月号より

 大江町の花火と灯ろう流し、甲子園、高校野球。「日本の夏には知恵と体を使った“芸術”がある」と友人は分かったような事を言う。夜の空にシュルシュルと昇って、万華鏡の世界を造りだす花火、一球を追うしなやかな若い体の甲子園、なるほど“芸術”なのかもしれない。108の縫い目、牛の革、色は白、中にはゴムかコルク、144㌘の重さ、周囲23センチの野球ボール。たった一個の白球で「投げる、打つ、拾う、走る…」の野球。テレビ放映の支えがあればこそ、という意見はあるが、多くの人が楽しめるスポーツだと思う。九人の選手、多くの応援団、県代表…一球に一喜一憂、涙と汗、守りと攻め、高校野球はドラマだらけだ。選手を動かし、チームをまとめ、高等学校を巻き込み、地域を呑み込み、県民までまとめてしまう「一個の白い球」。白い球の魔力は何なのか。純粋、実直、無我夢中、爽快感…一つの球が日本全体を動かす野球は何とも素晴らしい。
 今世界に求められている「白い一球」は、なんであろうか。みにくい戦争や、罪のない人々が苦しむことのないような、皆を一心不乱に、一生懸命、心からの応援ができる「白い球」はそばにあるのか。あっても気づかないのか、ないのか。赤い糸の108の縫い目で作られた「球」は何も言わない。「球」を打つ人、作る人、そのまた革を作る人。

●平成25年広報おおえ 8月号より

 雨が怖いと思った。1週間に2度も記録的な豪雨、月布川、最上川が泥水で大暴れ、小川や用水路、道路の上まで、家の足元をも濁流が襲った。月布川沿いのお年寄りの話では、昭和51年8月6日の8・6水害よりもひどいという。沢をえぐり、山を削った泥水は、水道を直撃し長時間断水を招いて「命の水」も切れることとなった。被災され、ご難儀を受けられた各位には、心からのお見舞いとお詫びを申し上げます。
 地球よ、人間にもう少し優しくしていただけないか。人間があまりにも地球をいじめ、苦しみを与えてきたから、悲鳴を上げて異常気象どころか明らかな気候変化を定着させてしまったのではないか。不気味な不安さえよぎる、大雨、砂漠化、大雪、地震、竜巻、異常な気温、南の島では海水が盛り上がり島が沈んでゆく…。地球と人間の友達関係、人間の方で生き方を問い、新しい生き方の発明が必要で「地球に優しい生き方」をという識者の言葉に思いを寄せたい。
 吉村知事が、すぐに被災の現地にお越しになった。県の関係各位の迅速な対応には「あたたかい県政」の心を感じた。宮城県亘理町からは、ボランティアの申し出があった。給水車の手配もしていただいた。まだまだ完全な復旧に至っていないのに、困っている方々に手を差し伸べる亘理町のご厚意に、勇気と元気をいただいた。長井市からは給水車をお借りした…多くの方々から助けの力をいただいた。町民同士の昼夜をいとわぬ助け合いの現場も目の当たりにして、この町はすばらしい町だと誇らしく思えた。急場を乗り切れたのは、多くの方々のお力添えのお陰です。本当にありがとうございました。
 家屋、道路、農地、用水路、作物…被害が甚大で、復旧には多くの時間を要しますが、関係機関のご協働をいただき、優先順位を確認しながら復旧を着実に進めてまいります。町民各位のご理解とご協力を切にお願い申し上げます。

●平成25年広報おおえ 7月号より

 新幹線の狭い通路を、車内販売員の方がお土産や飲み物を運んでくる、お客さんの顔が見えるようにと、バックしながらだ。進行方向左側の通路側の席は、右手で用が足せるので買い物に非常に便利だ。左利きの方には、右側の通路側がお薦めだ。
 「景色を楽しみたいので窓際よ、おトイレが近いので通路側だわ」新幹線に限らず、「席」を決めるのは結構難しい。お偉いさんの場合など「席」しだいで国際問題になることもあるという。「たかが席、されど席」、「席」を決めるときに、最も大切なものはなにか、電線に止まっているすずめは、どうして決めるのであろうか。思いめぐらしていると、車内放送「次は山形に止まります」。
 どんな席に座っても、我らが世界に誇る新幹線は目的地に確実に乗客を運んでくれる。発車時刻にぴったり発車しながら、ほぼ二分前に到着する。行く先さえ「確実、安定」ならば、「席」への不満はなくなるか、否か。すずめの子、明日のねぐらを語られよ。

●平成25年広報おおえ 6月号より

 パンとバター、別々に食べるのが正しいか、パンにバターをのせて食べるのが良いのか、「西洋文化」は難しい。サンドイッチにいたっては、パンの味なのか、卵なのか、ハムか、レタスかまったく分からなくなってしまう。人々は、「組み合わせに」新しい生き方を探しつづけてきたのかも知れないが、何と何を組み合わせるか、楽しいことではあるが難しいことでもある。
 ドクターヘリを初めて見た。中央公民館の駐車場に降り、実にてきぱきと救急車とタッグを組んで、患者さんを助けている様子が遠いところからもよく分かった。救急車で処置を済ませ、ヘリコプターの中に移って間もなく4枚の羽が勢い良く回りだした。ヘルメットを頭にかぶった1人が操縦席、もう1人はヘリコプターの周りを点検している。二人は片手の親指を上げた。点検を終えたヘルメットさんは、周囲にいた方々に5、6回、頭を下げたあと、機体に乗り込んだ。エンジンがうなり、雨の水たまりがよじれるように吹っ飛んで、ヘリは空に浮いた。
 空に浮き、縦・横・斜め自由自在のヘリコプターとお医者さん、ありがたいと思う。お医者さんとヘリコプターの救急救命の「組み合わせ」のすご技に感動した。1つ、1人では、大きな力にはなれない、和をもって尊しと。

●平成25年広報おおえ 5月号より

 「忘却とは、忘れ去ることなり。忘れ得ずして、忘却を誓う心の悲しさよ」小学生のころ毎日、ラジオから流れるこの言葉を聞いた。今でも頭にこびりついている。
 土と空気と水と、人間の体はもとより、遺伝子までも「めちゃくちゃ」にした「原子爆弾」を、忘れかかり、忘れてもいいような気分の「平和」。三、四ヵ月前のあの攻撃的な豪雪、鯉のぼりの青い空に忘れてしまいそうな春。「『覚えて・忘れる』の繰返しが人生だ」という人もいる。だけど、忘れる簡単さから見れば、覚えることのなんと難しいことか。情報過多社会、何を覚えて、何を忘れるか、この逆は。
 15,880人と306人‐3月11日の震災で亡くなった全国と宮城県亘理町の人数。亘理町の慰霊祭に招かれた。遺族代表は小学校5年生の女の子。お母さんを津波がさらっていった。お母さんを「忘れたくとも、忘れることができない」と桜と菊で飾られた慰霊塔に向かって語りかけた。静かな会場に母と子の会話が聞こえたように思った。
 「減災を備災に、防災を学災に、脱・卒原発を非原発に」を「忘れたくとも、忘れることができない」ほど頭に入れたい。母が子を、子が母を忘れないような安全安心を生めるかどうか。中央公民館前に立つ「非核平和宣言の町」の大看板、先人を誇りに思う。


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