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                            町長コラム

 

●平成21年広報おおえ 3月号より
日帰りの山登りで、さばの缶詰とみそ汁とおにぎりを分けて食べた。四十年も前のことなのに、「うまかったなー」と友人は会うたびに今でも言う。思えばこの頃、「分けて食べる」ことが少なくなった。同じものを、同じ時期に、顔を見合わせながら、語り合って食べるご馳走は、「思い出」となって頭にこびりついて離れないのかもしれない。
 いつまでも、どんな時でも、「思い出」は一瞬「ふっ」と体を走り抜け、忘れようにも忘れることができないのだ。ネコヤナギの膨らむ三月は、「思い出」を「分けて食べる」季節でもある。
 「おくりびと」という映画が話題になっている。親友・肉親・兄弟の言葉や姿が体に染みついた「思い出」は、死ぬまで離れることがない。「思い出」のいっぱい詰まった人生を、誰でもいつか必ず、「分けて食べさせる」かのように閉じざるをえない。
 この映画の英語の名はDeparture=「出発」だと言う。新しい年度、「地球世界」が元気に向かって、さあ、「出発」「進行」だ。
 
●平成21年広報おおえ 2月号より
 豆まきの季節になった。刈り取った豆をひなたに干し、はじけた豆を一粒一粒拾って作った「すながわじる」=呉汁が懐かしい。
 カラカラに乾いた枝付きの豆を木槌でたたく「まめぶづ」は、茶色の殻から白や青い豆がコロコロとおどり出て、子どもの頃、秋の晴れた日の楽しい作業であった。寒い冬、「ほうろく」に豆を入れ、いろり端でカラコロと煎る。パチッとはじけ、豆の香りが家中にプーンと広がった。
 「内」と「外」が多事多難ではあるが、今や「福は外、福は内」の地球時代とも思いたい。「世界不明」と言わんばかりの世情のニュースが多いが、「明けない夜はない」と語ってきた先人の言葉は有り難い。
 雪と寒さで、雪国の冬は厳しいが、暖かい南から「花」の便りも届き、もうすぐ春が来る。「日本の力・そばぶづ」が復活したように、いつの日か「まめぶづ」も新しい形で、息を吹き返し、必ずや「豆で達者」な暮らしになりますように。新しい年の節分で、手を合わせた。
 
●平成20年広報おおえ 12月号より
  雪にあてた野菜は、甘味もあり、パリパリ感もあって、美味しいという。
 友達のおばあちゃんが作った「かぶ」のお漬物をご馳走になった。真っ白な「かぶ」に、真っ赤な細い輪切りのとうがらし、緑の「かぶ」の柔らかい茎、千切りの黄色いみかんの皮が乗っかっている。「本物」とは、素材に心を込めて手をかけることだという。一枚一枚の「かぶ」が重なりあった真空パックの千枚漬けとは感じが違う。「かぶ」も「とうがらし」も「緑の茎」も「みかんの皮」も、皆いきいき役割を果たしていて、色合い実に美しく、まるで芸術品、味も絶品だ。
 万事に、それぞれの「持ち味」を活かし、「全体」を作り上げてきた先人の知恵には驚くばかりで、教えられることが多い。「かぶ」の漬物に含まれた知恵と、世間を騒がせている「株」を生み出した知恵と、どちらに値打ちを見つけるか。寒くて厳しい冬間近、「畑の蕪」は何も言わない。
 
●平成20年広報おおえ 11月号より
 オリンピックは感動ものだ。テレビに映る日の丸に、涙がこぼれた。画面に不思議な漢字「加油」、「頑張れ」の意味で「チャー ユー」と発音するらしい。「油」が人を頑張らせる、ということであろうか。「加油」日本に応えた選手諸君に、心からの拍手を送りたい。
 今年は、脱水症状で命を落とすほどの暑い夏であった。広島に原子爆弾が落ち、「水をくれ、水を下さい」と絶叫する「はだしのゲン」をなぜか思い出した。水も飲ませず我慢させる「しごき」に耐えるスポーツは一昔前、水分補給はスポーツ医学の基本となった。
 「水は命だ」という実感はあるが、「油」となると、メタボのこともあり、「油が命だ」とは言いたくない。体を元気にするのは「水」か「油」か。相性が悪く仲の良くない「水と油」。「水と油」を混ぜて走る車もある今日この頃。相性だ、何だかんだと言ってはいけないのかもしれない。油と水はライフライン、「加水」・「加油」で元気をつけるのが近代人だ。背反する事項から何を学ぶか、大きな課題ではある。
 
●平成20年広報おおえ 10月号より
パタパタと親つばめが飛んでくる。子つばめは黄色いくちばしを大きく開けて餌をもらう。野鳥とは思えないような「振る舞い」が多くて、親しみをおぼえた身近な鳥であった。茂吉先生が詠んでいる、〝のど赤き 「つばくろめ」ふたつ 「はり」にいて たらちねの母は 死にたもうなり〟の歌の「つばめ」は、家の中のどの辺に止まっていたのであろうか。
 八月初旬の夜八時ごろ、大型店舗の駐車場の車の中で、友人を待っていた。なかなか来ない友人、買い物でもしているのか、店の入口から出て来ないか。見れば入口の「はり」の上に「つばめ」が一羽。もう一羽は低空・高空自由自在、「鳥目」どころの話じゃない。なるほど、店内から屋外からまるで昼間の明るさだ。遠目から見ると、鋭く上下に飛ぶ先には、小さい虫がいるようにも見えた。
 早寝・早起き・朝御飯…、暗くなったら寝て、明るくなったら起きる習慣を、野生の「つばめ」は変えたのであろうか。また会ったら、明日は何時に起きますか、と「つばめ」に聞いてみたい。
 
●平成20年広報おおえ 9月号より
梅干しのおにぎりを食べた。箸も使わず、紫蘇と太陽の香りがいっぱい詰まった銀シャリを、手づかみで食べるおにぎり文化はサンドイッチ文化に負けてはいない。
 久しぶりに畑に行った。さほど手入れもしない豊後梅は、もさもさと張った枝に、まるでブドウのように小指ほどの梅がついていた。てっぺんの長い枝は、重みで垂れ下がっていた。
 梅干しの季節になった頃、高く伸びた枝は、ほとんどが梅の重みで半分切れて折れ曲がっていた。子を守る親の力であろうか、折れた先の実も、結構コロコロ太っていた。「子孫繁栄」を自分の体を傷めてまで果たそうとする「かあさん梅の木」、根元には愛犬「コロ」も眠っている。
 上下左右の枝の実は、黄色だったり緑だったり、熟し具合がバラバラで、一個一個収穫することとなった。梅の手触りは、「かあさん梅の木」の「…思い…」であった。
 木にやさしい良い「塩梅」の梅栽培、完成はいつであろうか。
 
●平成20年広報おおえ 8月号より
 秋田の友人が送ってくれた比内鶏の卵七〇個、わが家の卵一五〇個、全部で二二〇個を三十八度の孵化器に入れた。雛は生まれず、今年は失敗した。「欲たかり」の結果であった。「入れ物」が小さく酸素不足が原因であった。同じ孵卵器に七〇個入れた友人は、見事に成功している。どれぐらいの「入れ物」にどれくらいの「物」を入れれば、「命」と「幸せ」を手にできるか、失敗して多くを学ぶが、「失敗は成功の母である」と、自分を納得させるのは、つらい。孵卵器の「人工の機械」をうらむわけにもいくまい。
 母鶏二羽に、それぞれ十二個づつ卵を抱かせてみたら、二十一日間の頑張りで、母鶏の真っ赤な「鶏冠=とさか」が、白っぽくなるころ「ひよこ」が生まれて、お母さんの羽から頭だけ出し、キョロキョロと、十二羽が元気に大きくなった。
 「命」の元は、「自然」であるか、「人工」であるか。科学の進歩はありがたいが、「学ぶべきは自然」かも知れない。
 
●平成20年広報おおえ 7月号より
 「けぇーず」・・「くぅーず」と会話する。ご飯を食べなさいという「めし けーは」の「け」、ご飯をたべるという「めし くーは」の「く」、「け」と「く」の二つの音で、命を支える人間の食事が表現できるずーずー弁をほこりに思う。軽くて薄く、短くて小さい、いわゆる軽薄短小は生活用品でも、使い勝手が良く、たしかに便利だ。
 ある会議で、C・SからE・Sの時代だと語られた。英語の簡略化なのかわからないが、理解できず困ってしまうことが多い。説明責任どころの話じゃない。良く聞くと「C・S」は「顧客満足」、つまりお客さんの満足を大事にしない行いは、現代社会になじまない・・・という意味だという。「E・S」の意味は、「従業員・職員満足」のことで、従業員が満足して働けない職場は、進歩発展がないことという。
 「C・S」から「E・S」を語った方は、言葉の軽薄短小に満足したかもしれないが、私は悩んでしまった。自分が満足しないで他人に満足していただけるであろうか。
 自己満足。あやうい世界である。
 
●平成20年広報おおえ 6月号より
オームのように、「あか・だいだい・き・み・あお・あい・し」と数百回くりかえし、繰り返し、大きな声で、まっかな鼻で息を吐きながら「みっちゃん」と中学校に向かった。
 「みっちゃん」は、私の一年先輩。子供の頃から、「みっちゃん」はいつも私のそばにいて、大人の素晴らしさを教えてくれた「兄貴」であった。「みっちゃん」からは、一度だって「失敗」や「できそこない」を、責められたことがなかった。明日の夢を、後輩にたくすように笑顔で、できそこないを励ます大きな心を感じさせる「みっちゃん」は、中学校を卒業し東京に出た。左沢駅の電柱のかげから、「みっちゃん」いろいろありがとう、負けるな「みっちゃん」、がんばれ「みっちゃん」、集団就職の汽車を見送った。
 今、虹の色を、「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」と言えるのは「みっちゃん」のおかげである。心の駅‐上野駅に「みっちゃん」がいる。いまの日本をつくった「みっちゃん」に会いたい。報恩施恩。
 
●平成20年広報おおえ 5月号より
 ある町の道路を運転中、小学校の児童三人と会った。つい癖が出て窓を開け、「おはようございます」と声をかけた。年長の四年生ぐらいの子は、にこっと笑顔で振り向いて、「おはようございます」と元気な挨拶を返してくれた。「ぼくは何年生ですか」とたずねた瞬間、三人は顔を見合わせ、「不審者だ、かむなかむな」と硬い表情で、学校の方に一目散。困った事になったなー、と思うも成す術がない。車の中には、アメリカの頑強そうな大学生が乗っている。運転手も怖そうな人相の悪いおじさん、「不審者だ、かむなかむな」という先生方の指導をきちんと守ったのであろうが、山深い町の「安全・安心」を信じていただけに、複雑な気持ちであった。
 社会的弱者を大事に出来ない国は、寂しくて、余りにも品がない。二時間ほど後、校長先生に「子どもさんたちへのすばらしい不審者対策ですね」と、連絡をさしあげたところ、既に関係方面に「ある町に不審者現れる」との情報が発信済であった。

 


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