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 町長コラム


●平成23年広報おおえ 3月号より 

 手書きの便りはいいものだ。たった一行でも手書きの文字が並んだだけで、温かい力が沸いてくる。「指の上下運動」で、金太郎飴のように同じ文字を打ち出すパソコンで書く便り。確かにパソコンは便利だが、その便りからは、心と体が感じられない。また、一瞬で消えてしまう「話ことば」を便利だと誤解している。しかも、「記憶にない」「忘れた」「言ってない」と開き直る。だから、言葉の重みがまったくない。文字は意味と音が合わさって、言葉となる。その言葉が、人と人の心と体をつなぎ動かすのである。音だけの、意味のない「話ことば」は、ひとり言だと思う。言葉と真剣に向かい合った「意味づけ」は、難しいことではある。便利さは、人にとって進化を与えるか、退化を促すかは、まだ誰も知らない。進化論のラマルク先生は確かに言っている、「用があれば進化し、不用であれば退化する」と。何が用で、何が不用か―「用不用説」、悩ましいことである。


●平成23年広報おおえ 2月号より

 温泉の売り場に、福寿草の花が咲いていた。素敵な色合いの鉢、緑の苔から顔を出すような黄色い花、真冬なのにすごいも
んだ。春先に、黒い土から芽を出し、土手に群生する見事な「黄色い帯」を作る福寿草が、鉢上げされ、新年早々たくましい。あったかい室内の福寿草、厳しい寒さの土手の中の福寿草、お互い生きてゆくのに一生懸命。仲間同士でどんな言葉を掛け合っているのであろうか。栽培された花、自然界の花、様々な花が、私たちの身近で、喜怒哀楽を共にしている。時には、花が主役で、人間は脇役。花の色と姿、形には、私たちにとって何か大きな力があるように思う。咲くまでの我慢と辛抱の過酷な時間、最善を尽くした見事な開花、散ってしまった後の次への準備、生から老を貫くすごい命の力だと思う。「花の命は短くて、苦しき事のみ多かりき」は、人の言葉か、それとも花の独り言であるのか。大雪の中、我慢と辛抱は、必ず花を咲かせるはずだ。


●平成22年広報おおえ 12月号より

 地面に大きな丸を棒切れで書き、真ん中に「仕切り」の2本の線、見事な「土俵」の完成だ。小さいころ、時間があれば「すもう、すっかー」と、土俵に上がった。「まるまるちゃん」の首投げは強烈で、負け相撲。「今度こそ、うっちゃりで勝てるかな」と寝るまで作戦を練って、翌日、相撲をとるまでの間は、幸せいっぱいの時間でもあった。山形県出身の横綱柏戸関の活躍、テレビ放送も広まって、「相撲」はいつも頭から離れなかった。大鵬関と戦う柏戸関のテレビ画面は、今も、「頭内写真集」の中でもっとも光輝いている。丸い土俵で、一直線、四十八手とはいいながら、単純明快に見えて奥深い。心技一体、短い時間に詰め込まれた砂まみれの鍛錬は、日本の「国技」にふさわしい。大相撲の世界にも国際化、近代化・・・。認めなくてはと思いつつ、ジャパニーズプロレスとは絶対に呼ばせたくない。日本の薫り、日本人の誇り、大相撲がなくなったら、日本は日本だろうか。


●平成22年広報おおえ 11月号より

 荷物を背中の小さなリュックに詰めて、いざ東京へ、向かうは「大田市場」、野菜と果物の日本最大の市場だ。約束の時間まで2時間ほどの余裕がある。「何事にも、練習が必要だ」―途中の上野駅で降りた。毎日がお祭りのようなにぎわいの「アメ横」入口で、小さいリュックを開けた。中から、背中に「最上川舟唄のふるさと」の大きな文字、色は紺色と赤白、茶色の「はっぴ=はんてん=うわっぱり」を取り出した。けっこう派手だ。「さあー練習開始」だ。大東京アメ横、着て歩くのに勇気はいらない、若いコスプレ愛好者から見れば、地味なほうだ。背中の「最上川舟唄のふるさと」の文字、リュックで一部が微妙に見え隠れする。一部を見せて一部を隠す巧妙な演出、世人はどう見たか。次の日の早朝、新しいもっと「ど派手なはっぴ」を着た。抵抗はない、練習の成果だ。大江町で生まれた「サンルージュ」と「サンセプト」の新しいすももを知らないのか・・・黄門様のようにうまくいったか、どうか。


●平成22年広報おおえ 10月号より

 誰にも気づかれないように、こっそりと、わくわく気分、まるで少年の探検ごっこ、真夜中11時10分、車で家を出た。夜の大江町はどんな町なのだろうか。街路灯は結構明るいが、家並みの窓の明かりはまばら、歩行者は一人もいない。耳障りな音もない。南と北と西の小高い山々、「東開けて気持ち良い」‐東のほうには遠い街の光の幕、本当にきれいな町。「先祖代々こつこつとあせらずゆっくり護ってきた魅力が夜の大江町を包んでいる」と、「日本一公園」で強く感じた。「日本一公園」から見下ろす風景が日本一なのか、暗闇の中、天に向かってたずねても、夜空の星は教えてくれない。確かなことは、ずっと昔から、「日本一公園で感じ取れる大江町が日本一なのだ」と、最上川の瀬音がささやいているように聞こえたことだ。久しぶりの夜遊びに、「あー、やっぱり早寝・早起き・朝ご飯だな」、家に戻ると愛犬が横目でにらんだ。


●平成22年広報おおえ 9月号より

 ただいまの料金「ゼロ円」です、車のETCから声が出た。車もしゃべるような時代になった。入口で「料金はゼロ円」と車が叫んでくれれば、「ゼロからの出発」で気分もいい。出口でささやかれても、あとあじが悪い。入口か出口かは物事すべてに大切なことだ。デジタル化なのかどうか、世の中、数字だらけだ。しかもプラスだったりマイナスだったりと、数字に強くなければいけないことはわかっていても、数字は「魔力」だ。ゲゲゲの鬼太郎どころじゃない。それにしても、「ゼロ円です」とはわかりにくい。「ただです」と言ってくれたほうがよっぽどありがたいが、これまたこわい。「ただ」ほどこわいものはないと、先生から教わってきたからだ。「何もない」ことが、「ゼロ」なのか。「何もない」なんていうことがこの世にあるのか。「ゼロの発見」のいきさつを知るよしもないが、ゼロ抜き社会はありえまい。




●平成22年広報おおえ 8月号より

 「手足がいうことをきかない」と、お年寄りから聞くとつらい気持ちになってしまう。自由に物を持って、好きなところにすいすいと体を動かし運ぶ「手足」は、不自由になって初めて、そのありがたさが本当にわかるのかもしれない。自由に使える手を使えないスポーツであるサッカー、モンテディオ山形の活躍もあって、子どもから大人まで大変な人気だ。ワールドカップの深夜の観戦で寝不足症候群に襲われた方も多いはずだ。手を使えない規則のスポーツが、サッカーの他にもあるのかどうか。足と頭で主としてボールを操る「不自由さ」が、サッカーの醍醐味のようにも思う。「自由」を捨てて」、「不自由」を取り込み、「じれったさ」「緊迫感」「偶然性」を否応なしに与え続ける仕組みをつくった人間の知恵に感服する。サッカーで「自由に手を使ってもよい」と決めたら、もうサッカーの面白みはない。不自由がよいか、自由がよいのか、そしてどちらが面白いか、神は二物を与えはしまい。」




●平成22年広報おおえ 7月号より

 朝、8時前後、役場に着いた。交差点で小学校の子供を守る「交通指導員」に向かって、大声で「おはようございます」と声をかけた。こちらを向いた「かっこうのいい指導員」は、明るく元気な声で、「おはようございます」と確かにこたえてくれた。朝の挨拶は、お互い本当に気持ちよく、「1日の元気のもと」だ、と思う。なんと、大きな声の挨拶は、小学校の子供たちと指導員の「合唱」になった。交差点を渡りきった20数人の子供たちが、一斉に指導員と私の「おはよう」に、見事に反応し、数十倍の大きな声の「おはよう」が返ってきていたのであった。はっとして思わず、子供たちの方を振り向けば、ニコニコにっこり、中にはお辞儀をしている子もいる、ランドセルに負けそうな1年生、筋骨を思わせる6年生。背景に流れる白い雲と青い空、風もさわやか。町民歌はうたっている。「ふるさとの朝の光を 爽やかな風がわたる 山脈はみどり溢れて 見はるかす野に花薫る 水郷の文化をひらく この町をわれらは愛す」


●平成22年広報おおえ 6月号より

 先日、お便りをいただいた。題は「柏陵荘に思う」。「柏陵荘建設に関係した皆さんに感謝の気持ちを申し上げたいと思います。地域のいこいの場として益々発展されますようお祈り申し上げます」で始まり、「春夏秋冬の景色と川の流れの変化を味わいながら、湯にひたる環境は東北一・・・」とつづられていた。いただくお湯の有り難さと井戸を掘った方々のご恩を、忘れてはいけないと思った。「日本人の温泉好きは世界一とか。とくに農村婦人は戦前戦後の激動の時代を体を使ってのりきって老骨化しつつある今心身共に癒すには温泉が一番です」。今も昔も戦争が地球上から消えない中、戦後65年の今年、日本国をまもり、国民をまもる方法が問われている。物のない貧しい時代から豊かな日本をつくってこられた方々に、あったかーいお湯と緑と川の香りに、頭を下げたい。お便りの最後の一文。「日頃ながめている風景にあたり前になっている私達なのでしょうか。湯の質も良いのでしょう。ひまをみて入浴した後の体と気持ちの壮快さ、すべてがすばらしいな、の一言なのです」。(「」の文章はお便りからそのままお借りいたしました)


●平成22年広報おおえ 5月号より

 寒い春、友人が持って来てくれた啓翁桜が満開になった。小ぶりだが色合いが素敵だ。その桜に、ぶんぶんと蜜蜂が寄ってきて盛んに蜜を吸っている。春は確かにやって来た。昨年の夏、サクランボ農家の友人が受粉に使った蜂を3箱、「飼ってみろや」と畑の隅に置いていった。2箱の蜂は大きめで色は明るい。もう1箱の蜂は小ぶりで黒っぽい。聞けば、大きいのは「西洋蜜蜂」、小さいのは「日本蜜蜂」だという。蜂は勤勉で働き者。巣箱を出入りする蜂は、見ていて飽きないほど。愛らしい。秋になり、黄色と茶色の「かめばつ」の襲来に、蜂飼い1年生なす術がない。数日後には巣箱の入り口をかじって侵入。蜜蜂の幼虫をくわえて飛んでゆく「かめばつ」の後ろから石をぶんなげて、去年の「蜜蜂物語」は一巻の終わりとなり、巣箱は雪の中で冬を過ごした。10日ほど前、巣箱の前に立った。数10匹の小ぶりな黒っぽい蜂が、入り口を出入りしている。生きている、生きていたのだ。「西洋」は全滅、「日本」は見事に戦いに勝っていたのだ。蜂と人間は違うかどうか。


 


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