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※第15回全国山城サミット連絡協議会大江大会2008は無事終了いたしました。
多くの方のご参加・ご協力ありがとうございました。
このたび、大江町において、山城が存在する全国の市町村及び関係団体が、
「過去と未来をつなぐ左沢楯山城」の大江町に一堂に会した、第15回全国山城
サミット協議会大江大会が下記の日程で開催されます。
山城を中心とした人々の暮らしや息づかいに想いを寄せながら、保存方法や
文化的景観として、山城を生かした地域の活性化、歴史ロマンが漂うまちづくり
につながることを目指します。
全国的な大会となります。今年は山形で開催されるとても貴重な機会なので、
ご興味をもたれた方は、お気軽にお問合せください。
【左沢楯山城跡全景】

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第15回全国山城サミット協議会大江大会
●お問合せ先 山形県大江町教育文化課社会教育係(大江町中央公民館内)
:0237-62-3666 FAX:0237-62-3667 E-mail shakai2@town.oe.yamagata.jp
●宿泊等ご案内 ・大江町内旅館→こちら ・その他宿泊施設→大山自然公園コテージ、柳川温泉
●関係リンク 前年度に広島県三原市で開催された『第14回全国山城サミット協議会』の様子はこちら
【左沢楯山城跡遠景】 【左沢楯山城跡からの眺望】
| 左沢楯山城跡の概要
■歴史
左沢大江氏の本城として、14世紀後半に七代大江時茂の三男の元時によって築城され、17世紀前半、最上氏の支配下となり廃城となるまで機能していたことが想定される。調査の結果、山城として実質的に機能していたのは15世紀後半以降であると考えられる。
■立地
寒河江大江氏の本城「寒河江城」(寒河江市丸の内)や庄内地方につながる六十里越街道に通じる道など、左沢は東西南北の道が交差している。最上川とも密接に関わり、物資の流通や漁業の場としても大きな意味を持っていただろう。
左沢楯山城は、大江一族との連絡と各方面への接続を兼ね備えた陸上交通と、最上川の水上交通を抑える「交通の要衝」に位置している。
■主要な曲輪
【八幡座】
「ゴホンマル」という地名が残るこの地は、左沢楯山城の山頂である。最も標高が高い部分(222m)には神社が祀られ、その下からは城内最大規模で格式の高い建物跡を検出したことから、ここには主殿が存在したと考えられ、城の中心である主郭があったと想定される。
【寺屋敷】
城内で最も広い曲輪が寺屋敷である。発掘調査からは、大規模な建物跡や池状の遺構などが確認された。この曲輪は、東側の六十里越街道に通じる側に開けていることから、その権威を「見せる」ことを意識した場所であったと考えられる。城の時期を示す貴重な貿易陶磁器片も出土している。このような遺構や遺物などから、迎賓館的な場所であった可能性がある。
【千畳敷】
千畳敷を中心とする南側丘陵は、主郭部である八幡座へ敵が攻め込むのを防ぐことを目的として利用されたと考えられる。 千畳敷は南側丘陵の東端部で、最上川を眼下に見下ろすことができる。特に、西側下方は箱堀により遮断されており、ここが城の入り口であった可能性もある。
■調査の概要
・1993〜1995年 歴史と全体構造の把握、史料収集と文献調査
・1996〜1997年 八幡座周辺の構造の把握
・1998〜2005年 千畳敷・寺屋敷・八幡座の構造の把握
・2006〜2007年 元屋敷周辺の構造の把握 |
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